2022年5月8日日曜日

ジェンダー人権濫用者

「男性から性別を変えたトランスジェンダーの女性と、自身の凍結精子を使って生まれた子供との間に、法的な親子関係は認められるか?」…この点が争われた訴訟の判決が、2022(令和4)/02/28(月)東京家裁で言い渡されました。小河原寧裁判長は「法律上の親子関係を認めるのは現行の法制度と整合しない」と述べ、親子関係を認めずに請求を棄却しました。

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法的な性別が男性だった頃にパートナーの30代女性と事実婚状態で生活していた原告の40代女性は、凍結保存していた自身の精子を使ってパートナーが2018(平成30)年に長女を産んだ後、性同一性障害特例法に基づき性別を男性から女性に変更。2020(令和2)年には再び凍結精子を使って次女も生まれました。

しかし同性カップルの婚姻は現在の法律で認められておらず、子供を産んだパートナーのみ法的な親子関係がある状態でした。

そこで男性から性別を変えたほうの40代女性は2021(令和3)/06/04(金)、自身と子供2人についても法的な親子関係を国が認めるように求める訴えを東京地裁に起こし、計320万円の損害賠償も求めていました。その結果が上記の判決だったのです。

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「実の親なのに国が親子と認めないのはおかしい。家族の多様性や生殖医療が進む現状に、戸籍法など国のシステムが対応していない」と主張していた原告側弁護団には、私も多少の共感を覚えました。

しかし人類が子供を作るという行為は元々、精子(男性だけが生成可能)と卵子(女性だけが生成可能)の両方があって初めて可能です。そんな自然の摂理を都合よく拡大解釈し、いくら子供が欲しいとはいえ「自分の男性としての機能を使っていながら、普段は自分を女性として扱ってほしい」との旨を主張する原告の行為は、明らかに「自分の性別をその時の都合で何度も好き勝手に変える」のと同じレベルであり、虫が良すぎると思います。

いくら何でも、家族の多様性や生殖医療の進化を盾にしてまで許されていいとは思いません。

そんな身勝手が通るなら、私は今後トランスジェンダーなど問答無用で許さん(怒)!!…という方針を私は2022/02/28夜に固めて現在に至っています。

つい先日、トランスジェンダーの話題を再び聞いたため、今ここで私の考えを書き残したくなった次第です。(この件に関してはこちらも参照)

2022年4月3日日曜日

ADHD診察から10周年

2012(平成24)年1月、私は不注意によるミスの多さからADHD(注意欠陥多動性障害)を疑い、滋賀甲賀市にある(社)水口病院へ通い始めました。
(元々幼少時からずっと酷かったけど)
そして2時間以上もの心理検査を受けてみたところ、翌月の2012(平成24)/02/23(木)に担当の精神科医から以下の診断結果を言い渡されました。

「知能指数は高いほうだが、ADHDなのは間違いない
特効薬は無い。今後は月に一度この病院へ愚痴でも話しに来て下さい」

(ネットで検索すると薬物療法も一応あるが、それでも治療方法が確立されたとは言えないらしい)

だから私は以後も数ヶ月に渡り通院してカウンセリングを受け続けましたが、結局ほとんど無駄骨に終わりました。
あれから10年を過ぎた今、現在の職場で偶然ADHDの話題が出たものの、私自身の症状は相変わらず酷い上に改善の糸口も一向に見つかりません。
きっと人生の終末へ辿り着く頃には、間違いなくもっと酷くなっているでしょう。

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Googleマップのストリートビュー:「一般社団法人 水口病院」(滋賀県甲賀市)

2022年3月4日金曜日

2022/03/04は小説家:半村良の没後20周年

2022(令和4)/03/04(金)は小説家:半村 良(はんむら・りょう)の没後20周年との事。
この方の作品で個人的に最も印象深かったのは以下の2作です。


戦国自衛隊

私自身は1979(昭和54)年の実写映画版をずっと後にTVで見た事しかありませんが、戦国時代に突如タイムスリップした自衛隊員たちの悲劇は子供心に強く印象に残りました。


岬一郎の抵抗

元々毎日新聞に1985(昭和60)年10月~1987(昭和62)年8月まで連載されたとの事。
実際に私自身も亡父が購読していた毎日新聞で(途中からですが)最終話まで読んだ覚えがあり、超能力者である主人公の岬一郎が短い生涯を終えた終盤は子供心に強く印象に残りました。

ちなみに当時は東海林さだお(しょうじ・さだお)の4コマ漫画「アサッテ君」(毎日掲載)や古谷三敏(ふるや・みつとし)の漫画「ぐうたらママ」(毎週日曜掲載)も、同時期に毎日新聞で連載されていました。

富野由悠季(とみの・よしゆき)の小説「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」(1989(平成元)~1990(平成2)年/角川スニーカー文庫,※劇場アニメ版の第1作は2021(令和3)/06/11(金)から全国公開された)が約30年ぶりに話題となった今の時代なら、上記の作品は依然として根強いファンを得られるのではないでしょうか?

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本ブログ内の関連記事:
2021/04/08 斎藤栄の推理小説「タロット日美子」シリーズ
2020/02/27 城戸禮の小説「刑事」(デカ)シリーズ


2022年1月28日金曜日

夜空に見える星 -Stars in the night sky-

 時々ふと夜中に外へ出て夜空を眺めると、オリオン座が真っ先に目に入る。しかし他の星々は一体どんな星座なのか忘れてしまった。

さらに頭上から少し北へ目を向けると、あらゆる星が市街地の明かりに掻き消されて見えやしない。北極星も北斗七星もカシオペア座も例外ではない。

今夜も、そんな感じだ…

10年くらい前…私が当時の勤務先の都合で別の田舎に住んでいた頃なら、夜中に公園のベンチに寝っ転がると今よりずっと多くの星が見えてたんだけどな…

やがていつの日か私の寿命が尽き果てる間際になると、全ての星が何をしても見えなくなるだろう。そしてオリオン座が一体どんな星座だったかすらも忘れてしまうかも知れない。

そんな事を考える日々が最近ちょっと増えつつある。

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2022年1月15日土曜日

Bloggerアカウント取得から10周年

本ブログや現在のTwitterアカウントでは今まで一度も言及しなかった事ですが、実は本ブログに用いているGoogle社のBloggerのアカウントは元々今から10年前の2012(平成24)/01/15(日)に取得しました。同日開設した最初のブログは実験的な内容で、2年強に渡り全部で22件しか記事を投稿せず、あとは予告なしで一度ブログ全体をバッサリ削除し、そのまま黒歴史化しました。
(削除した当時の記事は今後も復活させる予定なし)

この最初のBloggerブログを全削除~黒歴史化した理由は、主に以下の通り。
・元々初心者向きとは言えないBloggerの各機能を、ほとんど使いこなせなかった。
・当時の勤務先および居住地域と相性が悪すぎて全く馴染めず、様々な不運やトラブルが重なった上に転職活動の開始~進展に伴うゴタゴタもあったため、夜逃げ同然の辛い心境でブログどころじゃなかった。

その後、2014(平成26)/07/05(土)に今は亡きYahoo!ブログで「何らかの補助的な確認作業や覚え書き程度」という趣旨のブログを新設するも、2017(平成29)/11/16(木)朝8時に公開されたリニューアルβ版の仕様が酷すぎたため、Yahoo!ブログ全体の未来に失望して他社ブログへの移行を決断。

その3日後の2017(平成29)/11/19(日)にBloggerのアカウントを再利用して本ブログを新設し、「終の棲家にしたいと思っている現住所(生家)において、人生の全てを終えるまで少しでも長く足跡を遺したい」との趣旨で運用を開始して現在に至っています。

それら諸々の甲斐あって本ブログは投稿期間が今までで最も長くなり(まだ4年2ヶ月弱ですが)、内容的にも概ね満足。
他人に見せる事を考えると本来もっと大幅に改善すべきですが、基本的には自分だけのためのブログなので、正直このままでいいかと思っています。

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2021年12月19日日曜日

芸能人の訃報 -神田沙也加が投身自殺?-

※私がTwitterに度々投稿している訃報関連ツイートまたは神田沙也加関連ツイートも参照。

歌手/女優の神田沙也加が、北海道 札幌市にあるホテルの22階から14階に転落し、昨日2021(令和3)/12/18(土)21:40頃に35歳で死去。
彼女の父は俳優の神田正輝(70歳),母は歌手の松田聖子(59歳)。
元々1999(平成11)年12月にデビューし、2014(平成26)年に日本で公開されたディズニー製作のミュージカル・アニメーション映画『アナと雪の女王』で王女・アナ役の日本語吹替えを好演した事により不動の地位を確立した感が強い人気芸能人でした。

しかし2017(平成29)年に歌手/俳優の村田充(44歳)と結婚するも2年後に離婚するなど、私生活に関しては順風満帆とはいかなかったようにも見受けられます。
その早すぎる死は私にとって、1986(昭和61)/04/08に18歳で投身自殺した事により日本全国で社会問題化したアイドル歌手の岡田有希子にまで匹敵するトップレベルの衝撃でした。

ちなみに本ブログでは今から3年半以上前に農業系の愛媛県ご当地アイドルグループ「愛の葉Girls」(えのはガールズ)のメンバーの死去について話題にしました。その件も確かに衝撃的ではありましたが、岡田有希子や神田沙也加の件に比べると極めて地味な話題性だったと言わざるを得ないのが正直な感想です。

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ところで私は最近Twitterで訃報関連のツイートを投稿する機会が上記の他にも増えているような感じだったので、今回の件を機に少し振り返ってみると、どうやら今まで60~70件くらいは投稿してきたようです。(あまりハッキリとは数えられませんが…)
今後もっともっと増えるんだろうな…と思うと気が滅入りますね。

そして私自身も、数十年後は激痛にのたうち回り泣き喚きながら一人寂しく無様な死を迎えるのでしょう。もう、そんな未来しか私には見えなくなっているのです。

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(※画像2~4は、この記事の投稿をTwitter上で告知するこのツイートに掲載。私にとっては岡田有希子のほうが元々それだけ衝撃的だった…)

画像1:神田沙也加オフィシャルブログ2021/11/20(土)18:55付の記事に掲載されている本人の写真の一つ。

画像2:岡田有希子の写真その1

画像3:岡田有希子の写真その2

画像4:岡田有希子の写真その3

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本ブログ内の関連記事:
2019/07/19 京アニ放火事件の衝撃!
2018/03/31 「愛の葉Girls」メンバーの死去

2021年12月11日土曜日

生命保険の憂鬱 -Life insurance melancholy-

元々私が一度でも会った事がある生命保険業界の方々は老若男女や業界内での地位に関係なく、いつでもどこでも他人の神経を逆なでするほど傲慢かつ姑息でありながら、その巧妙な言動により世の中を悠々と泳ぎ回るような輩ばかりでした。

そんな数多い輩の中でも、私が生命保険業界全体を丸ごと叩き潰したくなるほど憎むようになった「最後の」きっかけとなった人のFaceBook実名アカウントを偶然にも発見。その公開プロフィール内で公開中の職歴には、私と関わらなくなった2~3年後から現在までの情報だけ載っています。しかし顔写真などは私と関わっていた頃と大差ないため、当時の苦々しい思い出が鮮明に蘇りました。

当時その人は、私が1996(平成8)年7月~2002(平成14)年3月までの2088日(5年8ヶ月19日)間に渡り加入していた終身保険の運営元である朝日生命保険相互会社の女性営業担当者でした。

元々ただでさえ月額1万7千円以上の保険料を割高で重い負担としか感じられなくなった状況で、当時の勤務先の中にある食堂へ訪れては極めて強引で白々しい営業戦術を毎回ガンガン仕掛けてきたため(他の数々の生保会社も一様に同じ事をし続けてましたが)内心かなり激怒し、負担額が一段と重くなる更新契約の書類に「あとは最後の一箇所に署名~捺印すればOK」という段階で私は契約書を故意に破り捨ててみせました。

…が、今から●十年前…所謂SLAPP訴訟(スラップ訴訟/威圧訴訟/恫喝訴訟,SLAPP=Strategic Lawsuit Against Public Participation=市民参加に対する戦略的訴訟)を別の大手生保会社の男性営業担当者から堂々と露骨にチラつかされて以来ずっと溜まりに溜まっていた生保業界全体への怒りは、それだけでは一向に収まらなかったため、当時「頼むから一刻も早く、この世から完全に業界ごと消えてくれ」とハッキリ懇願せずにいられませんでした。


そんなアレコレも今となっては遠い記憶。そして最後は何もかも忌まわしい過去の記憶へと塗り変わり、やがて数十年後は激痛にのたうち回り泣き喚きながら一人寂しく無様な死を迎えるのだろう。もう、そんな未来しか私には見えなくなっている。

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